嫁と息子と日常のなにげない風景と・・・。

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2014年 03月 24日

『黄昏』

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春の様な暖かい日

息子のプールの帰りに、家族で晩御飯を食べて帰った
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by Sleggar1121 | 2014-03-24 22:45 | 空&海 | Comments(0)
2014年 03月 23日

『notitle』

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3連休の最終日。

今日も仙台駅は大勢の利用客で混雑していた。

明日から振り替えで連休。

何をしようかな。
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by Sleggar1121 | 2014-03-23 21:50 | 日常 | Comments(0)
2014年 03月 11日

『3.11』

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3.11 午前3:00

あれから3年目のこの日、
寒さと何とも言えない胃の痛みで目が覚めた。

インターネットの天気予報は-2℃。
外は小雪がちらついていた。


仕事は、先日の休日出勤の振替で休みをもらった。
もちろん、〝3.11〟に合わせ休みを取ったわけだが。

身支度をすませ、バッグにカメラとパンを突っ込み家を出た。
本当は陸前高田に帰りたい気持ちもあったが、夕方所用があったため諦め閖上にむかった。

震災前から閖上や荒浜で、よく写真を撮っていた。
ここ閖上も、高田のように見渡す限り荒野のような状態。
未だ取り壊されない家屋がわずかに点々とするだけだ。

日和山に向かったが、すでに報道陣が駆け付け、そこだけは煌々と光が燈っていた。
そんな中で一緒に撮る気分にもなれず、しばらく閖上の街を徘徊した。

もう今となっては、閖上の街がどんなだったかはっきりとは思い出せない。
おぼろげな記憶をたどりながら車を走らせていると、地平線から太陽が昇ってきた。
車を止め何枚か写真を撮った。
相変わらず空からはちらちらと雪が舞っていた。


3年前の〝あの日〟も雪の降る寒い日だった。
それまでは良くも悪くも何事もなく、当たり前のように毎日が過ぎ、当たり前のようにまた明日が来るはずだった。
突然として〝それ〟は起こり、無差別に、情け容赦なく全てをのみ込んだ。
当たり前のように来るはずだった、未来をも。


私は恐怖と失意の中で迎えたあの夜を、忘れることが出来ない。
関東にいる親戚や、友人から送られてくるメールからは、信じられないような沿岸部の状況が伝えられた。
『陸前高田が海に沈んだ・・・。壊滅だぞ。』
〝壊滅〟という言葉がどういうことなのか、街が〝海に沈む〟ということがどういうことなのか理解できなかった。
ただ不安と得体のしれない恐怖感に襲われたのを今でもはっきりと憶えている。

その夜、団地からは明かりが消え、静まり返った夜の闇に、私達家族だけが取り残されたような感覚を覚えた。
余震に震える息子を抱き、その日は眠れぬ夜を過ごした。
(この夜、沿岸部では救出を待つ被災者の方達の叫びが、一晩中に聞こえていたそうだ。)



私の実家はというと、家や車は流されたものの幸い家族は間一髪で最悪の事態からは逃れることが出来た。
(一緒に暮らしていた愛犬2匹は残念なことに助けられなかったのだが。)
陸前高田の惨状を見ると、助かったことが奇跡としか思えない。
実家に帰れば必ずと言っていいほどその話になる。

3年がたった今も、両親と祖母は狭い仮設暮らし。
不憫でならないが、生まれ育った陸前高田を離れることが出来ないと父は言う。
現在は市街地再生に向けたかさ上げ工事も本格化し、やっとスタートラインに立ったというところだろうか。
一日も早く仮設を抜け出し、人間らしい生活を送らせてあげたい。


この後、14:46には沢山の人がそれぞれの〝3.11〟を迎える。
それぞれの場所で、
それぞれの想いを胸に。



被災者の方々が負った深い心の傷が、少しでも癒えることを願わずにはいられない。
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by sleggar1121 | 2014-03-11 12:05 | 東日本大震災 | Comments(0)
2014年 03月 01日

『notitle』

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雪の残る高架下



高架下が好きだ。
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by Sleggar1121 | 2014-03-01 22:24 | | Comments(0)